東京高等裁判所 昭和31年(く)75号 決定
本件即時抗告の要旨は、申立人は、台東簡易裁判所において昭和三十一年九月十一日窃盗罪により懲役六月に処する旨の判決の言渡を受けた後同行の当時申立人が勾留されていた上野署看守係巡査から控訴の申立をするか否か聞かれたので申立人において控訴する旨答えたところ、右看守係巡査は、書面を持参しこれに書き込むよう申し述べたので申立人は、自分の氏名を書いて指印し控訴申立の手続を了したものと信じていた。翌十二日申立人が東京拘置所に身柄を移された後同月十三日申立人は、その看守係の問に対し控訴の申立をする旨申し出で書面を貰い氏名を書き指印を押して控訴申立書の作成を了し文面を読んで貰つてこれを差し出した。ところが、同月十九日突然申立人に対し刑の執行が開始される旨を聞き驚いて調査を依頼したところ、先の九月十一日に書いた書面が上訴権抛棄申立書であり、十三日付の控訴申立は、控訴権消滅後になされたもので無効であるということであつて、同月二十一日に台東簡易裁判所から控訴申立を棄却する旨の決定を受けた。以上のような次第で申立人においては全く上訴権を抛棄する意思なく看守係巡査が控訴申立書と上訴権抛棄申立書とを間違えたものであるから、前記決定を取消し申立人の控訴を適法なものとして受理されたく、ここに本抗告に及んだというのである。
よつて本件記録竝びに取寄に係る台東簡易裁判所昭和三十一年(ろ)第七八五号窃盗被告事件記録によれば、申立人は、昭和三十一年九月十一日右裁判所において窃盗罪により懲役六月(未決勾留日数中十日通算)の判決の言渡を受けたこと、同日付被告人名義の上訴権抛棄書が右裁判所宛に作成されていること、同月十三日付申立人名義の控訴申立書が東京高等裁判所宛に作成されていることは明らかである。そして右控訴申立書作成の事情については当審で取り調べた東京拘置所看守下山田一審尋の結果によれば、申立人が東京拘置所に移監された日の翌日である昭和三十一年九月十三日申立人から控訴の申立をする旨申出があつたので、その担当看守であつた下山田一において申立人より本籍氏名年令その他所要事項をききとつて前記控訴申立書を代書し本人の指印を押させこれを完成したものであることが窺われ、又前記上訴権抛棄書作成の事情については、上野警察署勤務の巡査村上武美の審尋の結果によれば、右巡査は、昭和三十一年九月十一日駒込警察署に留置されていた申立人に同行して台東簡易裁判所にいたり前記申立人の公判に立ち会い前記判決宣告後同所構内の同行部屋に申立人を同行する途中申立人において検事の求刑一年に対し原裁判所の判決の言渡が六月の懲役であつたので軽くすんでよかつたと右判決に満足したようなことを漏らしており、同行部屋にいたり右巡査において即時上訴権を抛棄するかどうか尋ねたところ、申立人が直ちに抛棄したいというので同所にいた渡部巡査から上訴権抛棄書用紙を貰い申立人において本籍氏名生年月日作成年月日氏名を自ら記載指印し、他の部分はわからぬから代書してくれというので右村上巡査と一緒に申立人を同行していた竹下巡査において一部記載し右巡査村上武美の押印は右巡査自らなして前記上訴権抛棄書を完成し申立人においてはこの書面の趣旨を十分了解しており、右巡査等において書類を間違えたりこの書面の作成を強要したりしたものでない事実を窺うことができる。そして申立人審尋の結果によれば、申立人は二三月先に執行猶予期間の満了する前科(身上調査に関する照会書によれば昭和三十一年一月二十五日宇都宮簡易裁判所において住居侵入罪により一年間の執行猶予付の懲役六月に処せられ同年二月五日確定の前科、すなわちこれによれば昭和三十二年二月五日に右猶予期間が満了する。)があり、この執行猶予の取消を免れるため有罪の判決に対しては刑期がどうあろうとも控訴する意思であり控訴の意向を右村上巡査にも明瞭に伝えたのであるが、右巡査において用紙を間違えて上訴権抛棄書を作成させたものであると弁疎するのであるが、更に右審尋の結果によれば申立人は中学三年を卒業しており控訴申立書や上訴権抛棄書を読む能力はありその意味も十分了解できるものと思われるし、又かりに、右巡査に対し控訴の意思を表示しその書面を作成させた者が再び東京拘置所において何の留保もなしに控訴の申立の書面を作成させるということの説明が納得できないのであつて右弁疎を採用すべき心証を生じないものである。
それ故前記九月十三日付の控訴申立書による控訴の申立は、申立人が前記九月十一日付上訴権抛棄書によつて上訴権を抛棄した後に、すなわち、上訴権消滅後にしたものであるから、刑事訴訟法第三百六十一条前段によつて更に控訴の申立をすることは許されないものといわなければならない。
従つて本件控訴の申立を受理しなかつた原決定は、相当であつて本抗告は理由のないものである。
よつて刑事訴訟法第四百二十六条第一項に則り本件即時抗告を棄却すべく主文のとおり決定する。
(大塚 渡辺辰 江碕)